「トモスイ」(髙樹のぶ子)

これはまごう事なき大人の小説

「トモスイ」(髙樹のぶ子)
(「トモスイ」)新潮文庫

「トモスイ」(髙樹のぶ子)
(「日本文学100年の名作第10巻」)
 新潮文庫

「わたし」は春まだ浅き頃、
ユヒラさんと夜釣りに出る。
ユヒラさんは男なのか女なのか
わからない人だ。
ユヒラさんが釣り上げたのは
「トモスイ」。
食べれば不味いが、吸えば美味、
とことん吸い尽くせるという。
二人は吸いはじめ…。

あらすじにするとこんな感じで、
何が面白いか
さっぱり伝わらないと思いますが、
本作品はれっきとした官能小説、
まごう事なき大人の小説です。
現代日本文学の
底力を見たような気がしました。

まず「トモスイ」とは何か?
「魚でも海藻でもなくて、
赤ん坊ほどの大きさの、
貝の剝き身みたいなもの」なのですが、
もちろん作者のでっち上げた
架空の生物です。
「腹のように膨らんでいる端のところに、
体内から飛び出したものがあり、
もう一方の端には、
縦長に割れた臍の様な穴が
ひらいている」ので、どうするか?
「わたしは突起物を口にくわえる。
 それを待っていたように、
 突起物はするりと
 舌の上に入り込んだ。」
「ユヒラさんはちゅるちゅると
 音を立てて、穴に吸い付いていた。」

たぶん「トモスイ」とは
「共吸い」なのでしょう。
作者・髙樹のぶ子は、
本作品中のいろいろなところで
遊んでいます。

釣りを開始する直前の二人の会話。
「いいかい、準備いいかい」
「いよいよだよ、本当に行くよ」
「うん、いいよ、ユヒラさん、
 来てもいいよ、早く早く」
「よし、行くよ」
「うん、待ってるよ、いつでもいいよ」

釣りの最中。
「ちょっと休憩してもいいかな」
「いやだ、ユヒラさん、
 いやだ、もう待てない」
「うんわかった、じゃあ、
 もうひとがんばりするよ」

「いやあ、ここまで書きますか」と、
思わず言いたくなります。
髙樹のぶ子はストレートな表現で
熱い男女関係を描いていた作家と
認識していました。
他の作品をまだ多くは
読んでいないのですが、
いくつかのあらすじを読む限り
そんな印象を受けています。
でも、本作品は
思いきり変化球で読者を翻弄、
というか楽しませてくれています。
この作品が川端康成文学賞を
受賞したのもうなずけます。

最終場面。
「わたしとユヒラさんは、
 トモスイを間にして
 一つの身体になり、繋がっている。
 コの字形の生き物に
 なり果ててしまい、
 どの部分がオトコでオンナなのか、
 すっかりわからなくなった。」

子どもが読んでも分からない、
大人だけが楽しめる傑作小説。
大人のあなたにお薦めします。

(2020.6.24)

※「トモスイ」は他の九編とともに
 編まれた短篇作品集です。
 以下に作品一覧を。
「トモスイ」
「四時五分の天気図」
「どしゃぶり麻玲(まれい)」
「唐辛子姉妹」
「投」
「モンゴリアン飛行」
「ジャスミンホテル」
「ニーム」
「芳香日記」

Patricia AlexandreによるPixabayからの画像

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